tractatus

思考の垂れ流し

ただいま

 人間というのは欲にまみれた動物なんだなあ,と思う.
あれを食べたい,あそこへ行きたい,もう少しゆっくりしていたい,等々.何もしたくない,というのもある種の欲と云えるだろう.
 
 朝起きて夜寝るまでの間,当たり前のように幾つもの欲を抱え,またそれを行為として完了させ生活している我々だが,欲のない状態に思いを巡らせたことはあるだろうか.欲の終わりは生命の終わりを意味する.その状況をよく捉えられていないのは,今生きている私たちが確かな伝聞も実体験も得られていないからだと思われる.
 
 ここ何日か旅行に出かけていた私は沢山の欲を目に見える形に難なく変換してきた.しかしいつかやってくるであろう「あれこれしたいが思うように身体を動かせない」「そもそもあれこれしたいと思わない」そういう"死"を微かに感じさせられる場面が,常に,今この瞬間もつきまとっている.
 
 "経験値に乏しい"とは,不安要素を増加させてしまうファクターであって,adな点はせいぜい"真実を知らずに平和でいられる"点であろう.これを幸とよぶか否かはまた別の議論が必須となるが,つまり裏側にある世界を考慮せず人生を歩むというのはどうも都合が好すぎる.己の領域を開拓するにはある程度の知恵や行動力,勇気が欠かせないが,何らかの手助けをしてくれるもののひとつが旅行である.初めて見聞きするものに自然と彩りを与えてくれる,とても有り難い.

 そんな有り難い経験である旅行の中で自身の知らない世界を数え切れぬ程見てきたわけだが,"裏"について熟考できる貴重な時間であった.
 
 
 おっと,気づけばもう居室.もう少し余韻に浸りたいが,日付が変わって今日からまた忙しくなる.慌ててノスタルジーに浸るための材料をフォルダに詰め込んで,非日常から引き戻された夜であった.