tractatus

思考の垂れ流し

Thx

 ある夏の暑い日,母校の教師は言った.「勉強は自分のためにやるもの.だから感謝の気持ちは要らない」
それを聞いた私の頬をつたった汗が,決して暑さによるものでないのは言うまでもない.
 

 確かに自分の勉強そのものが直接他人の役に立っているとは思えない.だが「この"社会"に身を置き"社会"の中で学んでいる」ことを考えれば,今学べる幸せを後に生まれる人々に繋いでいくために,学びを社会へ返したいと思うはず.
大学或いは大学院,諸々の機関での研究成果は人類の生活を豊かにするし,沢山の人々に多大な恩恵を齎している.目的が明確であるにしろそうでないにしろ,社会へ返しているという点では小中高での学びも其れと全く相違ない.

 今まで生きてこられたのは沢山の人々の支えがあったからで,其れなしでは此処までこられなかった.だからこそ感謝の気持ちはもつべきものだし,そう深く考えなくとも自然に湧き上がってくる感情だと思う.
 
 他人の人生に関わりをもつというのは,程度の差こそあれ何かと責任を感じさせるもののような気がする.それが其の人の進路や思想に確かな影響を与える勉学であれば尚更そうであって,教師というのは,モノを教える立場につく人というのは,可視化されていなくとも必然的に重責を担わなければならないことになる.

 適当に教える大人もいるが,そうでなくひたすら子どものことだけを考えて教えてくれる大人もいる.本当に感謝の気持ちは要らないのか.
今ある状況を当たり前と思いそのまま大人になるのは,何というか,私の道徳観に反する.


 当たり前だと思いがちなこの状況や自身を支えてくれる人がいることを有り難いと思うことこそ,人間が人間たらしめるものなのではないだろうか.