tractatus

思考の垂れ流し

気持ちを前へ,足取りは軽く

 桜を愛でる季節がやってきた.道を行く人の多くが薄紅色の花を見,匂いを嗅ぎ,春の訪れを感じることだろう.



 春は眠くなりがちだが,気の向くままにごろんと横になれるほどの暇はあまりない.何かと忙しい,新しい生活スタイルの始まりである.
ワクワクやドキドキ,嬉しさや不安感など,色々な感情が入り混ざるこの季節をどう過ごそう.

 
 私自身いいスタートを切れたとは思うが,桜が散り新緑が芽吹く頃には失速し始めているのではないかと思うと不安になる.
そんなことをぼそっと呟いた私に「いつも喜んでいたらいいんだよ」とアドバイスをくれた友人がいるのだが,理解に少々苦しんだ私は「そうね.しかしこれがなかなかね,ぐぬぬぬ…」と難しい顔をして応えてしまった.何日か前のできごと.

 時に敷かれたレールの上をただ歩かされているような感覚を覚えることがあるけれども,自分の明日を,1ヶ月後を,また1年後を,或いは将来を,プロデュースするのは他でもない自分自身であると,助言をもらって幾日か経過したある日,私はハッとしたのである.

 靄がかかり先の見通せない未来を想像し無駄に心配するよりは,前向きな気持ちのもと,軽い足取りで日々を過ごし,常に嬉々としている方が有意義に生きられるのだろうなあと.
「いつも喜んでいたらいいんだよ」というアドバイスは一見あばうとに思えるが,実はとても筋の通ったわかりやすい考えなんだなあと.
教えてくれた友人にありがとうと伝えた.



 喜びは生活を豊かにする.この春私が得た教訓である.

"いつも喜んでいなさい"───テサロニケ人への手紙 第一 5章16節